ACC診断と治療ハンドブック

解説編

凝固因子製剤の使用法

Last updated: 2022-09-29

 1980年代前半を中心に非加熱凝固因子製剤投与を介して、当時の血友病患者の約3割がHIVに感染した。令和2年時点でも、HIVに感染している血友病や類縁疾患症例は710人確認されている。HIV感染症を診療する医師は血友病成人の急性出血管理についても一定の知識を有していることが望ましい。

 血友病はX連鎖(伴性)劣性遺伝形式をとる出血性疾患で、凝固第Ⅷ因子(血友病A)あるいは第Ⅸ因子(血友病B)の欠乏により内因性凝固障害を生ずる。凝固因子の欠乏の程度により、重症(活性1%未満)、中等症(同1-5%)、軽症(同5%以上)に分類される。主な出血部位は関節内・筋肉内であるが、皮下・粘膜出血や消化管出血、頭蓋内出血を来す場合もある。 日常生活の負荷による関節・筋出血や、頭蓋内出血などの予期せぬ出血に備え、平時から定期的に凝固因子を補充することが推奨される。出血時・観血的処置前には定期輸注のみでは不十分で、追加の製剤補充が必要となる。また、定期輸注については、従来の凝固因子製剤の代わりに、新たに作用機序の異なるエミシズマブも選択可能となった。

製剤補充の実際

 血友病の急性出血では、出血部位や出血の重症度に応じて、必要な凝固因子製剤量を、止血が得られるまで投与する(表1)。必要な凝固因子製剤投与量は以下の式で計算される。
  血友病A:第Ⅷ因子補充量(単位)=体重(kg)x目標因子活性(%)×0.5
  血友病B:第Ⅸ因子補充量(単位)=体重(kg)x目標因子活性(%)
 関節内・筋肉内出血の初期症状は「違和感」であることが多い。腫れ・熱感などの理学所見が出る前に早期に補充を行うことで重症化を避けることができるため、自覚症状を重視して迅速に初期投与を行うべきである。特に進行した血友病性関節症を抱えている患者では再出血を起こしやすいため、十分な期間の製剤補充が必要である。また高度の頭痛を訴える場合、まず100%を目標に凝固因子製剤を投与した後、頭蓋内出血の検索のため頭部CT検査を行う。定期補充療法が普及した現在でも、脳出血は血友病患者の重要な死因となっている。高血圧の管理を含め、常にその可能性を念頭に置く事が重要である。消化管出血を認めた場合は80-100%を目標に血液製剤を補充し、C型肝炎や門脈圧亢進症の合併に伴う食道静脈瘤の精査・処置などを検討する。
 動脈穿刺や手術・生検などの観血的処置の際にも、必要な凝固因子をあらかじめ補充し、処置後も必要な補充を行うことにより凝固能を正常化させ、安全に処置を遂行することができる(表2)。一部の血友病症例では、外部から補充した欠損因子に対する抗体(インヒビター)が産生されている場合がある。インヒビター保有患者では凝固因子補充の効果は乏しく、インヒビター力価や出血症状に応じて中和療法やバイパス療法(ノボセブン、ファイバ)を選択する必要がある。インヒビター保有患者の止血ガイドラインも作成されているが、止血困難な場合が多いため、その管理は専門家の手に委ねるべきである。

エミシズマブ

 2019年より新たに抗エミシズマブ抗体が保険収載され血友病Aの新たな治療選択枝となった。従来製剤と比較した特徴は1)1週~4週毎の皮下注投与が可能、2)定期投与により、第8因子で15-20%相当の凝固因子活性と同等の効果が持続する点である。血友病性関節症が進んだ患者は肘関節の可動域が低下しており、また頻回の静脈注射により静脈路確保が困難となっていることがあり、この様な患者にとって皮下注投与は利点となる。出血予防による関節保護という点で、エミシズマブは従来型製剤よりも優れる可能性を有する。12%以上のトラフ値を保つことで、年間の出血回数(ABR)がほぼゼロとなるという報告があり、定期輸注の際の一つの目標となる。従来の半減期延長型製剤でこのトラフ値を達成することは困難であった。

 一方で注意をしなければならない重要な点は、1)出血時には止血効果が十分でなく従来型製剤の併用を必要する可能性があること、2)エミシズマブが凝固因子に干渉するために、検査室における通常のAPTT検査では正確な値が得られない点である。従来型製剤の様なピーク値を作らないため、活動性の出血時にはエミシズマブのみでは十分な止血が困難であり、従来型製剤の併用を必要とする可能性がある。緊急出血時や観血的手術・処置の際などに、正確な凝固因子活性が把握できないため、出血時の対応についての事前の評価および準備が必要である。この点については医療者・患者の十分な理解が重要である。
 エミシズマブについては、観血的処置の出血予防など、さらに知見が集積されることが期待されている。現時点では、エミシズマブを使用する患者の診療経験の乏しい医療者は、専門家との相談が勧められる。

表1 急性出血に対する補充療法

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表2 手術・処置に対する補充療法

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表3

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ガイドライン
1.日本血栓止血学会 インヒビターのない血友病患者の急性出血、処置・手術における凝固因子補充療法のガイドライン 2013年改訂版
2.日本血栓止血学会 インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン 2013年改訂版

 



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