ACC診断と治療ハンドブック

日和見疾患の診断・治療

トキソプラズマ脳炎
Toxoplasma gondii  encephalitis, TE)

Last updated: 2022-09-29

 原虫類のToxoplasma gondiiが病因である。T. gondiiはネコ科の動物を終宿主とし、ヒトやブタ、ネズミ、トリなどを中間宿主とする。終宿主から糞便中に排出されたoocystを中間宿主が経口摂取すると、脳と筋肉にcystを形成し、潜伏感染する。その臓器を肉食の終宿主が食べることで生活環が完成する。ヒトではoocystが付着した食物やcystを含んだ加熱不十分な中間宿主の肉を摂取することで成立する。
 HIV感染者でのTEは、細胞性免疫の低下により脳内に潜伏感染していたcystが再活性化することで発症する。多くはCD4数が100 /µL以下の重度免疫不全となった例で発症する。抗HIV治療(ART)開始後に免疫再構築症候群(IRIS)による増悪や、新規発症(unmasking IRIS)も起こりうる事が知られている。

臨床症状

 数日から数週の経過で進行する、亜急性の経過をたどる。初期は発熱や頭痛程度のみであるが、診断・治療が遅れると意識障害、痙攣、片麻痺等の神経巣症状へと進展しうる。

診断

 経過と画像所見からTEが疑われる場合には、ただちに治療を開始し治療反応性を評価する事が重要である。TEの場合には、治療開始後の1週間以内、画像所見は2週間程度で改善傾向となる事が多く、この場合には治療的診断が可能であり、これ以上の評価は通常行われない。1-2週の治療後でも臨床的改善に乏しい場合は脳原発悪性リンパ腫などが重要な鑑別疾患となるため、治療開始と同時に脳外科にコンサルトを行い、診断のための脳生検のタイミングが遅れないように留意する。

画像所見:CTやMRI所見は、典型的にはリング状造影効果を有する多発結節陰影であり、広範な脳浮腫を伴う。脳内全域に発症しうるが、大脳基底核と皮髄境界領域に好発部位である。画像所見による脳原発悪性リンパ腫との鑑別は困難であることが多い。Tl-SPECTやFDG-PETではトキソプラズマ脳症の場合に集積が低下することが多く、悪性リンパ腫との鑑別に有用との報告が複数あるが、当科の経験例に限っては鑑別にあまり有用ではない印象がある。

トキソプラズマ脳炎のMRI所見:左上:T1WI(Gd造影)、右上:T2WI、左下:FLAIR、右下:DWI

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血清抗体:トキソプラズマIgG抗体はほぼ全例で陽性とする報告もあるが、当科の経験例では陽性率はそれほど高くない(60%程度)。

髄液検査(PCR法):特異度はほぼ100%と高いため、可能であれば実施を検討する。感度は低い(30-70%)ため、陰性であっても本症の除外は出来ない点に注意が必要である。

治療

 以下のいずれかを最短6週間行う。
 エイズ治療薬研究班からの薬剤入手に時間を要する場合には、ST合剤による治療を迅速に開始する事が望ましい。当科(ACC)の経験例ではST合剤の治療反応性は、推奨レジメンと遜色がない印象がある。

推奨

1) ピリメサミン200mg 初回投与後、体重で用量調整。
・体重60kg未満:ピリメサミン 50mg/日 + スルファジアジン 1000mg x4/日 + ロイコボリン 10-25mg/日
・体重60kg以上:ピリメサミン 75mg/日 + スルファジアジン 1500mg x4/日 + ロイコボリン 10-25mg/日
*いずれもロイコボリンは50mg/日まで増量可。

代替治療

2) 上記のスルファジアジンの代わりにクリンダマイシンを用いる
・ピリメサミン + ロイコボリン + クリンダマイシン 600mg ×4/日
3) ST合剤(トリメトプリム換算で5mg/kg ×2/日)
*ピリメサミンとスルファジアジンは厚生労働省エイズ治療薬研究班 https://labo-med.tokyo-med.ac.jp/aidsdrugmhlw/portalより入手可能。

二次予防(急性期治療後の再発予防)

 急性期治療成功後、以下の二次予防を行う。
・ピリメサミン 25-50mg/日 + スルファジアジン 500-1000mg x4日 + ロイコボリン 10-25mg/日
・ピリメサミン 25-50mg/日 + クリンダマイシン 600mg x3/日 + ロイコボリン 10-25mg/日
・ST合剤 4錠/日
・アトバコン 4包/日

 ART導入後、CD4数200/µL以上を6ヶ月間維持し、TEの病状が安定している場合に、二次予防を終了できる。一次予防は、ART導入後にHIV-RNAウイルス量が3か月以上検出感度以下でコントロールされており、CD4数100-200/µL であれば一次予防終了が検討可能であるが、二次予防の場合はデータが少ないため、HIV-RNAウイルス量に関わらず、CD4数200 cells/µLを二次予防終了・再開の基準とする。

一次予防(未発症者の発症予防)

 トキソプラズマIgG抗体陽性でCD4数100/µL以下の患者には、ST合剤2錠/日による一次予防(発症予防)を開始する。ART開始後、CD4数200 /µL以上を3ヶ月間維持した場合に一次予防を終了できるが、ニューモシスチス肺炎一次予防時同様に、ART導入後CD4数が200/µL未満で遷延している症例においても、HIV-RNAウイルス量が3か月以上検出感度以下でコントロールされていれば、CD4数が100-200/µL で一次予防終了が検討可能となる。

ARTの開始時期について

 トキソプラズマ脳炎発症例における適切なART開始時期を検討したものは現時点でない。ただし、臨床経験からART導入後のIRISによる増悪が、一定の確率で起こりうる事は確実である。
 本症ではトキソプラズマ治療開始1-2週後の臨床症状および画像所見の改善の有無が、その後のマネジメントを決定する上で重要である点を考慮すると、確定診断がつかない時点でのART導入はその評価を修飾する可能性も危惧される。当科では以上の点を考慮し、まずはトキソプラズマ脳炎の治療のみを先行させ、本症の確定診断および治療薬剤の有害事象の評価が終了した時点(治療開始後2-6週後)で、ART導入を行う事が多い。

 



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