ACC診断と治療ハンドブック

日和見疾患の診断・治療

サイトメガロウイルス感染症
(CMV感染症, 網膜炎を除く)

Last updated: 2022-09-29

注意点

・発熱を伴うことは稀であり、腸管感染症では大量下血、中枢神経感染では認知症の進行や四肢のしびれなどで、発症する。
・免疫能の低下したHIV感染者の大量下血は致死的となるため、鑑別が難しい場合にはサイトメガロウイルスおよび赤痢アメーバ症の両方に対する治療を行う。
・網膜炎を伴わないサイトメガロウイルス感染症では、臨床的に問題となる免疫再構築症候群発症は稀である。早期のART開始を検討する。

病原体

 HIV 感染者で問題となる、サイトメガロウイルス感染症の多くは、初感染による伝染性単核球症様疾患ではなく、既感染者のウイルスの再活性化による疾患である。サイトメガロウイルスは、母子感染や性交渉などを通じて宿主に感染し、不顕性または顕性感染を引き起こした後、慢性の潜伏持続感染に移行する。HIV等により免疫不全状態が持続(CD4<50/µL)すると、潜伏感染しているサイトメガロウイルスの再活性化が生じ、顕性感染 (臓器障害) に移行する。HIV感染者におけるCMV感染症では、発熱を伴うことはまれであり、臓器障害としては、網膜炎がもっとも多い。消化器病変(食道潰瘍・腸炎) 、神経病変(髄膜脳炎・根神経炎)も見られ、稀に副腎炎などを起こすこともある。HIV感染者における臨床的肺炎発症については未だに議論があるが、当科(ACC)の経験では稀ながら存在すると考えている。ただし、他の免疫不全と比べてその頻度は著しく低い。網膜炎については他項part3.HIV感染症に合併する眼病変http://www.acc.ncgm.go.jp/medics/treatment/handbook/part3/sec08.htmlを参照されたい。
 ここでは網膜炎以外 (消化器病変と中枢神経病変) のCMV病変について述べる。

 

臨床像と診断、治療について

・消化器病変(食道潰瘍・腸炎)
 食道潰瘍では嚥下痛、胸痛など、カンジダ症と比較して、激しい痛みを伴うことが多い。腸炎では、腹痛を主症状にする場合もあるが、強い腹部症状のない状況で、突然の大量下血により発症する場合もある。低免疫状態の HIV 感染者では、大量の下血から、ショック状態となる症例に少なからず遭遇するが、重要な鑑別として、サイトメガロウイルス腸炎に加えて、アメーバ性腸炎が挙げられる。サイトメガロウイルス大腸炎とアメーバ性腸炎の鑑別は、後述のように内視鏡検査を実施しても必ずしも容易ではなく、両者の合併も少なからず経験される。このため、CD4数の低下した HIV 感染者での大量下血によるショック症例では、エンピリックにアメーバ性腸炎とCMV腸炎の治療を同時に開始を考慮すべきである。
 食道炎の診断は、上部消化管内視鏡による。主に、食道を中心に肉眼的な多発性の不整形潰瘍病変がみられる。ただし、重度免疫不全合併例では、高率に合併するカンジダ食道炎の白苔により、食道粘膜病変の観察が不十分となりうる点に注意が必要である。そのため、臨床症状からCMV食道炎を疑う場合には、まず数日間~7日程度のフルコナゾールの先行投与を行い、カンジダ食道炎に対する経験的治療を行った上で、上部消化管内視鏡を実施する事が望ましい。診断は潰瘍部の生検を行い、病理学的にフクロウの目と呼ばれる特徴的な核内封入体を証明することによって行われる。一方、大腸炎を疑う場合には、下部消化管内視鏡検査を行う。大腸に多発性の不整型潰瘍病変を認めるが、個々の潰瘍を肉眼的所見のみからアメーバ性大腸炎と区別することは難しい。また、病理検査において、核内封入体や免疫染色で CMV 感染を認めた場合にも、二次的な活性化である可能性を否定できず、潰瘍性病変の原因が、サイトメガロウイルス感染かどうかの判断は、難しい場合が多い。
 消化管サイトメガロウイルス感染症の治療薬の選択と投与量については、網膜炎に対する初期治療 (Induction therapy) と同等である。治療期間は 3-6週間、または、症状消失までとされている。網膜炎とは異なり、維持治療 (二次予防) は不要である。また、軽症例で、ARTを早期に開始する予定であれば、サイトメガロウイルスによる腸管病変を診断しても、抗CMV治療を行わずにART導入のみで経過を見る専門家もいる。網膜炎の合併がなければ、速やかにART を開始し、免疫能の改善を図るべきである。

・中枢神経感染症(脳室周囲炎・脳炎)
 頻度は高くないものの、長期間にわたりCD4数の低下した状態が持続した症例や、悪性リンパ腫などの治療により、骨髄抑制状態が続いたHIV感染者などで、見られることがある。自験例では、9割以上の患者で、他の日和見感染症を合併しており、大半の症例が激しいるいそうを伴っていた。発症症状としては、意識障害、認知機能低下が診断契機になることが多いが、しびれなどの神経根脊髄症状から疑われる場合もある。一般的に、発熱は伴わないことが多く、病初期には見逃されることがある。HIV脳症と異なり、適切なCMV治療を行った場合でも、重篤な後遺症を残す症例が多く、早期に疑って治療を開始することが重要である。
 本症を疑った場合、まず、画像検査 (MRI検査等) を行う。頭部 MRI の典型的な所見は、脳室周囲炎である(写真1)。また、自験例では結節影を呈する場合もあり(写真2)、この場合には画像上、悪性リンパ腫やトキソプラスマ脳炎との鑑別は困難である。画像所見では異常を認めない症例も少なからず経験される。脳炎に合致する臨床症状を呈し、髄液中でのCMVの高度活性化確認(通常、定量CMV DNA PCR法が用いられる。髄液に対しては保険適用外)を認める場合にCMV脳炎と診断できる。髄液CMV PCR検査は、血中CMV PCR検査と異なり、CMV脳炎における特異度が高く、診断的価値が高い。
 治療薬や治療期間に確固たるエビデンスは存在せず、髄液CMV量をモニタリングしながら、治療薬剤の選択及び治療期間を検討している。多くの場合は抗ウイルス薬だけでの髄液CMVのコントロールは困難であり、ARTによる免疫機能の回復が重要になる。DHHSの日和見感染症ガイドラインではエキスパートオピニオンとしてガンシクロビル・フォスカルネットの併用が記載されているが、当施設では、症例によっては骨髄抑制等の副作用への懸念から、単剤で治療を行うこともある。ガイドライン上、中枢神経のサイトメガロウイルス感染症に対して、IRIS に注意を払う必要があることが言及されているものの、ARTの開始時期に明確な答えはなく、サイトメガロウイルス感染症に対する治療からART 開始を2週間以上遅らせるべきではないとされている。 前述のごとく、中枢神経のサイトメガロウイルス感染症を発症する症例は、他の日和見感染症や極度の栄養不全状態にあることが多いため、極めて予後が悪く、救命できたとしても、重篤な後遺症を残すことが多い。

図1 サイトメガロウイルス核内封入体

写真1 CMV脳室周囲炎 頭部MRI画像:FLARE画像で脳室周囲に高信号の病変が認められる

 

写真2 CMV 脳炎 頭部MRI像:T1 強調造影で左小脳半球後部にリング状に増強される病変が複数みられる。

 



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