STDクリニック受診者の性行動に関する研究

グループ長:大里和久(大阪府立万代診療所)
グループ員:丸山治朗(あべの橋医院)、大国剛(大国診療所)、木原雅子(カリフォルニア大学サ    
      ンフランシスコ校エイズ予防研究所)
研究協力者:川井和久(大阪府立万代診療所)、前野ニ三代(あべの橋医院)、川崎千尋(横浜市立
      市民病院)、松井隆房(大阪府立万代診療所)、Kyung-Hee Choi(カリフォルニア大
      学サンフランシスコ校エイズ予防研究所)

研究要旨
 STDクリニック受診男性の性行動を聞き取り調査した。1985年にほぼ100%であった膣性交実施率
は1997年には70%に減少した。フェラチオは75%が87%に上昇した。クニリングスは0%近くから
54%に上昇した。肛門性交は数年ごとの周期が見られた。
 性交パターンでは膣性交+フェラチオが1985年の71%から1997年は25%に減少した。一方、膣性
交+フェラチオ+クニリングスはほとんど0%から36%に上昇した。膣性交のないフェラチオのみ
は1%未満が17%に上昇した。
 フェラチオのみのCSWによる淋菌性尿道炎が1986年に比べて1997年は大幅に増加した。

A.目的
 STDクリニック受診者の行動疫学的調査を実施し、行動変容に効果的なカウンセリングプログラム
を、国際共同研究を含めて開発する。
B.対照・方法
 1997年にSTDクリニック(あべの橋医院)を受診した男性を対象に医師が性に関する諸事項および
その他を聞き取り調査し、データをコンピュータに入力し統計的解析を行った。過去に行った同様
の調査結果も順次入力し1996年分、1986年分が終わり1991年分が進行中である。一部の項目につい
ては1985年以来の各年の入力を終えており、本年は主としてこれらの項目の解析結果について報告
する。
C.結果
 人々の性行動、性活動を把握することはSTDの病態理解や感染予防の上で基本的必須事項であるが、
日本人の性に関するこのような調査は横断的なそれを時に眼にするものの、長期縦断的になされて
いるものは見かけない。我々はSTDクリニック受診男性集団を対象に10年以上にわたり性に関する諸
事項の調査を行っている。本集団の性行動、性活動を一般市民のそれの増幅されたものと捉えると
この集団に対するSTD予防対策は一般市民にも十分に還元適用できると考えられる。

T.性習慣の変化
 セックスをどの様な行為と捉えるかはさまざまであるが、ここでは代表的な行為である膣性交、
フェラチオ、クニリングス、肛門性交を取り上げ、これらの行為の実施がどのように変化してきた
かを解析する。
グラフ1.膣性交(vaginal sex)
 図に示すごとく調査開始の1985年から1988年頃迄は20才代、30才代、40才代、50才代の全ての年
齢階層において膣性交はほぼ100%近く行われていた。それが1989年頃から全体としてほぼ直線的に
減少傾向を見せはじめ、年とともに顕著となり、また若い世代ほどこの傾向が強く、1997年には20
代、30代は60%台であり、40代が70%台で、50代で80%をやや上回る程度となり、全体では70%と
10年前に比べて3割の男性が膣性交を行わなかったと述べている。
 最も顕著な動きを見せている20代は1989年から1991年にかけて毎年2.5ポイント程度減少していた
ものが1992年から1994年にかけては5ポイントと倍の速さになったが、この2年ほどはその減少率が
やや低下している。1997年の30代は61%で5人に2人は膣性交を行わなかったと述べている。
グラフ2.フェラチオ(fellatio)
 図はフェラチオについての解析である。本行為は70年代から80年代にかけてトルコ風呂(現在の
ソープランド)で盛んに行われ、漸次一般家庭にも広がったものである。調査開始の85年頃には既
にそれぞれの世代でかなりの頻度で行われており、若い世代ほど実行者が多いことが示されている。
その後87年および93、94年にそれぞれ減少を見せながらも、全体としてなお漸増の傾向を見せ97年
は全体で87%と調査開始年に比べて10ポイント以上上昇している。世代別に見ると20代では最も頻
度が高く85年で77%と8割近くが既に実行していたがその後も多少の変動はあるものの穏やかな上昇
傾向を見せ97年には92%と85年に比べて15ポイントの上昇を見せ最高値になっている。30代は20代
に次ぐ頻度で85年は75%であったが87年、94年に10ポイント近いおちこみを見せながらもそれぞれ
翌年には回復し97年には90%と20代と同じく15ポイントの上昇を見せている。40代では85年には66
%であったが87年に60%と一時低下した。しかし、その後は94年の69%を除いて70%台を維持し97
年には89%と高い頻度を示し85年当初に比べて23ポイントもの高い上昇を示し最も上昇率の大きな
世代となっている。50代は90年の69%を除いておよそ50%台であるが95、96、97年には70%台に急
上昇しているのが特徴的である。
グラフ3.クニリングス(cunnilingus)
 前述のフェラチオと大きく異なるのが図のクニリングスである。85年には20代で1人、30代で4人
とわずか5人であった本行為が86、87、88年にかけて直線的に増加し全体では88年には33%になり年
11ポイントの高い伸び率で増加している。その後92年まではやや横這いの状態であったが93年から
再び上昇傾向を見せはじめ伸び率ははじめに比べると穏やかではあるが97年には全体で54%と10年
余りの間に著しい増加を見せている。これを世代別に見ると若い世代ほど顕著な増加率であり、20
代では88年には42%に達し毎年14ポイントの増加を見せている。その後は横這い状態であったが92
年から再び増加に転じ年約5ポイントの増加率で96年には60%に達している。30代では88年までの急
峻な増加とその後引き続いての穏やかな増加が見られるが、91年に一度だけ減少が見られた以外は
大きな減少はなく漸増傾向を維持し96年には53%になっている。40代は20代、30代に比べると上昇
率は幾分か穏やかながら91年まで一貫して伸び続け、92、93、94年に減増減と大きな動きを見せた
後、95、96年と増加し96年には49%になっている。50代は他の世代より1年遅れて急峻な増加を見せ
たが連続して上昇し続けることはなく87年から92年まで20%前後の横這い状態であったが93、94、
95年にかけて再びはじめのそれと変わらない急峻なのびを見せ95年には44%迄上昇したが96、97年
はやや減少して40%となっている。
グラフ4.肛門性交(anal sex)
 図に肛門性交の結果を示す。本行為の大きな特徴は実行者が既述の3行為に比べて圧倒的に少ない
ことであり全体では2−3%程度である。肛門性交もクニリングスと同じく85年当初はほとんど行
われていなかったがその後87、88年にかけて各世代とも増加し一転89、90年にかけて減少、92年に
かけて再び増加、93、94年にかけて再び減少して95、96年にかけて再々増加97年には再々減少と肛
門性交は数年毎にピークを持つ多峰性の変化を示している。これを世代別に見ると、20代では第1
の峰は1年、第2の峰は2年とともに他の世代より速く来ている。また、3度目の立ち上がりも他の世
代より1年ほど速くなっている。しかし、その峰の高さは30代、40代よりは低く特に2番目の峰は開
きが大きい。3度目の増加傾向を示している今回の変化は94年から97年へと直線的に増加しており97
年は過去最高の3.2%を示している。30代では88年に第1のピークが見られその値は2.4%で各世代
で最高値であったが、90年に0%となった後92年には2,8%の第2のピークを作ったが93、94年と0%に
なり95、96年と3度目の増加傾向を見せ97年には1.3%と横這いである。40代では85年こそ一人も実
行者はいなかったがその後は20代、30代と違って少ないながらも常に実行者が存在している。第1の
ピークは88年、第2のそれは92年であるが本ピーク時は全ての世代で最高値の3.9%を示している。
その後95年に低下した後96年には4.7%と急増している。50代は87、89年にそれぞれピークを見せた
がその他の年は0であった。しかし、95年から急増し96年には5.8%に迄上昇した後、97年は減少し
ている。この様に肛門性交は流行的要素が見られる特徴がある。

U.性行為のパターンとその変化
 それでは人々はこれらの行為をどのように取り入れて性行為を行っているのであろうか。またど
の様な変化がその組み合わせに生じてきているのであろうか。以下でこれらの点をいくつか検討し
てみる。
グラフ1.膣性交+フェラチオ
 先ず調査開始の85年当時最もポピュラーに行われた性行動はフェラチオと膣性交の組み合わせで
あった(vaginal+fellatio)。図に示すように全体として71%の人々が行っていたが86年から87年
にかけて急激に減少して43%になり以後92年まで40%前後の横這い状態が続いたが93年に再び10ポ
イント以上もの減少を見せその後25%前後で推移している。これを年代別に見ると、20代では85年
では77%が行っていたが87年には44%に減少しその後およそ40%前半の横這い状態であったが92年
から93年にかけてまたもや減少して以後20%前後になっている。97年はやや増加したが85年に比べ
ると97年には1/4に減少している。30代は85年が74%で基本的には20代と似通った動きを見せている
が第2回目の低下の開始時期が20代に比べると1年遅くなっている。97年は20%を割り込み最も少な
い世代となっている。40代は85年が66%と前2者に比べると低いのでその分低下の形に余り急峻さが
見られないがその後上昇低下を繰り返しながら全体として低下の傾向にある。97年は21%と当初の
1/3になっている。50代は当初が58%と最も低かったが減少傾向は89年の35%まで続きその後一旦は
48%まで上昇したが93年に再び23%まで低下した。95年からやや上昇傾向にあり97年は28%で85年
に比べて1/2の低下となっている。この様に本組み合わせの性行為は全ての世代で1/2-1/4に低下し
ており若い世代ほどその低下率は高くなっている。
グラフ2.膣性交+フェラチオ+クニリングス
これと好対照をなすのが膣性交とフェラチオとクニリングスの組み合わせである。85年には20代30
代会わせて4人しかいなかったこの性行為は全体では以後88年まで毎年9ポイント近い伸び率で直線
的に増加し、その後も97年にかけて一定の割合で漸増し続けている。97年の値は36%であり3人に一
人強の人々がこれを実行している。世代別に眺めるとやはり若い世代ほど実践率は高く97年は20代
が37%、30代が33%であるがここにきて40代が45%と前年より12ポイントも上昇しトップになって
いる。一方、50代は94年までは若い世代のおよそ1/2程度の率であったが、95年に一時急増して他の
世代と変わらなくなった。96年からは減少傾向である。
3.フェラチオのみ

近年新しい性行為としてフェラチオのみという形態が出現し年々着実に実行者が増加している。
 図に示すように85年当時は1%に満たなかったが97年には全体で17%にも達し、特に30代では20%
を越える高さである。ファッションマッサージというHIV感染への配慮から登場したCSWの新しい職
種が担当している。

V.性習慣の変化とSTD
 このような性習慣の変化がSTDにどのような変化をもたらすかを男性の尿道炎について検討したの
で次に述べる。
表1
 男性の淋菌性尿道炎(G)とクラミジア性尿道炎(C)を感染源によって比較したのが表1である。
86年には感染減が親しい人(親)の場合も仮初めの人(CSW)の場合もともにクラミジア感染が半数
以上を占めているが、97年には親しい人では86年と変わらずクラミジアが半数以上であるが仮初めの
人の場合は圧倒的に淋菌性になっている。
 表2は親しい人で最も多いOLと、CSWで多数を占めるソープランド(ソー)、ホステス(ホス)、
ファッションマッサージ(ファ)、旧赤線(赤)、行きずり(行き)の感染源としての変化を見た
ものである。親しい人のOLではほとんど85年と97年で変わりはないがCSWではファッションが両年で
大きく変化している。数そのものが97年には他のCSWに比べて圧倒的に増加したのみならず淋菌
対クラミジアの比が
表2
10:1と他のCSWに見られない特異な偏りを見せている。このように性習慣の変化がSTDの感染経路を
大きく変え、同時に淋菌とクラミジアの感染性の差がフェラチオでは見られることが示されている。
D.考察
 我々は男性STD患者の性行動の聞き取り調査を通じて日本人の性習慣を明らかにしようと試みてい
る。本稿では性習慣の変化とそれに伴うSTD感染機会の広がりについて紹介した。
 1985年から1997年とわずか10年あまりの間に性習慣は大きく変化し、膣性交の減少、クニリング
スの増加がまず特筆されよう。前者の現象はHIV感染の問題が大きく影響しているものと考えられ、
唾液ではHIVは感染しないとしてフェラチオのみの性行為が増加していることからも十分推測できよ
う。後者の現象は近年高まってきている男女間の平等意識の現れと捉えると面白い。肛門性交は男
女間でも行われているが、数年ごとの周期性は興味ある現象である。HIV感染には最もリスクの高い
行為であり今後の動きが注目される。
 HIV感染を回避すべくフェラチオのみの新しいCSWの職種が登場したがこの場合にコンドムを使う
男性は殆どいない。膣性交+フェラチオの場合でも膣性交にはコンドムを使用してもフェラチオに
は使わないのが大多数である。従って、近年はフェラチオによるSTD感染が急増している。フェラチ
オの危険性をきちんと理解させることが焦眉の急である。
 1990年代になって欧米で大規模な性行動調査が相次いでなされている。その背景にはエイズ危機
が大きく関係していると考えられる。最も深刻なエイズ問題を抱えているアメリカの調査はそれ故
に一層興味深いが、HIV感染は男性同性愛者や薬物濫用者とそのセックスパートナーたちの内に留ま
っており、一般市民の間に蔓延していないし将来的にもそのような事態は起きないに違いない、と
いう結論を導き出している。日本では幸い静注薬物濫用者に感染者は少なく、顕著な感染者集団は
男性同性愛者であるが、近年ヘテロセクシュアルへの蔓延が危惧されている。しかし、CSWやSTD患
者にHIV感染者が多いに違いないという予断は日本人に関する限り妥当ではないように思われる。我
々の調査が日本のHIV感染の今後あるべき対応に役立てれば幸いである。
E.結論
 STDクリニック受診男性の性行動を聞き取り調査し、過去の調査との比較、及び経時的な変化を検
討した。
 1985年にほぼ100%であった膣性交実施率は1997年には70%に減少した。フェラチオは75%が87%
に上昇した。クニリングスは0%近くから54%に上昇した。肛門性交は数年毎の周期が見られた。
 性交パターンでは膣性交+フェラチオが1985年の71%から1997年は25%に減少した。一方、膣性
交+フェラチオ+クニリングスはほとんど0%から36%に上昇した。膣性交のないフェラチオのみは
1%未満が17%に上昇した。
 フェラチオのみのCSWによる淋菌性尿道炎が1986年に比べて1997年は大幅に増加した。
F.研究発表
大里和久、丸山治朗:日本人の性習慣の変化と性感染症.クリニカ:24,399-404,1997
性感染症クリニカ:24,399-404,1997