-母子感染に関する研究-

(要約)



グループ長: 戸谷良造(国立名古屋病院産婦人科)
班   員: 喜多恒和(防衛医科大学校病院分べん部)
井村総一(東京都立清瀬小児病院)
大久保秀夫(京都市立病院感染症科・小児科)
大場 悟(県西部浜松医療センター小児科)
杉浦 瓦(国立感染症研究所エイズ研究センター)
須藤 寛人(長岡赤十字病院産婦人科)
高野政志(防衛医科大学校病院産婦人科)
高山直秀(都立駒込病院小児科)
塚原優己(旭中央病院産婦人科)
外川正生(大阪市立総合医療センター小児内科)
仲宗根正(国立感染症研究所エイズ研究センター)
早川 智(日本大学医学部産婦人科学教室)
本多三男(国立感染症研究所エイズ研究センター)
保田仁介(京都府立医科大学付属病院産婦人科)
吉野直人(国立感染症研究所エイズ研究センター)
研究協力者: 鈴木三郎(国立習志野病院産婦人科)
原 敬志(国立感染症研究所エイズ研究センター)
泉 泰之(国立感染症研究所エイズ研究センター)


 

【 目的 】

 昨年度、本グループの行った産婦人科を対象とした全国調査で、妊娠中からのAZT投与及び妊娠36週前後での帝王切開を施行することにより、HIV−1母子感染を1.9%に減少し得たという結果が得られた。即ち、HIV−1に感染していることが判明している妊婦において適切な処置を行うことにより、HIV−1母子感染率を2%以下にまで抑制が可能であることを示した。今年度は、昨年度の調査以降のHIV−1感染妊婦の現状を産婦人科を対象とした全国調査にて把握するとともに、日本全国での妊婦に対してのHIV−1抗体検査率を調査し、また、HIV−1に感染していることを知らずに分娩し、児にHIV−1が感染していることから母親の感染が明らかになった例を含めて把握するために小児科を対象とした全国調査も実施し、日本におけるHIV-1母子感染の現状を把握することを目的とした。さらに、これらの解析結果から、日本における母子感染率の低下を図るため、「HIV母子感染予防対策マニュアル」の作成を行った。

【 方法 】

  産婦人科を対象とした全国調査(1次調査)では、厚生省健康政策局総務課編「病院要覧」に記載されている、全国の産婦人科のある病院のうち、個人の開設するものを除く1,816施設に送付した。また、小児科を対象とした全国調査(1次調査)では、同様に「病院要覧」に記載されている、3,548施設に送付した。有効回答中、症例経験ありと回答した施設に対し2次調査を産婦人科・小児科共に行い、母体及びその児についての臨床的、免疫学的、ウイルス学的見地から各種データの解析を行い、日本における母子感染の現状を詳細に検討した。さらに、今年度までに本グループで集積したデータをもとに、日本における「HIV母子感染予防対策マニュアル」の作成を行った。

【 成績 】

 産婦人科全国調査(1次調査)での回答率は全国で、81.6%であり、小児科全国調査(1次調査)での回答率は全国で、64.5%であった。今年度の産婦人科調査で報告されたHIV−1感染妊婦は、全国でのべ62人(17都府県、44施設)であった。昨年度の調査及び、今年度の調査を併せると、日本国内のHIV−1感染妊婦の人数はのべ222人となった。このうち、症例の重複を除くと164人となった。このうち、帝王切開での分娩では88例中児へのHIV−1の感染は1例で、母子感染率は1.3%となった。また、小児科調査では、有効回答中、症例経験ありと回答した101施設に2次調査を行い、これらの施設での調査から重複症例を除いた93症例を検討した。このうち、HIV−1陽性児は20例、陰性児は65例、未確認、未検査8例であった。HIV−1陽性小児数の年次別推定では、1995年の4例を最高にして、その後減少しておりHIV−1感染妊婦からの出生数の増加と比例していなかった。次に今回の調査で初めて行った、妊婦のHIV−1抗体検査の実施率であるが、検査率は全国平均で73.2%であったが、日本国内で非常にばらつきがあることが明らかになった。また今回の調査は、平成9年の日本全国の分娩件数が約122万人であることから推移すると日本国内の約32%(約39万人)の妊婦を調査したことになる。分娩方法は、選択的帝王切開が1994年から増加し、予定帝王切開群は緊急帝王切開群、経膣分娩群と比較し、有意に陽性例が少なかった。出産を行った妊婦のうち、約半数の妊婦は妊娠中に抗HIV剤を服用していた。これらの調査結果をもとに「平成11年度HIV母子感染予防対策マニュアル」を作成した。本マニュアルでは、HIV−1感染妊婦への妊娠期間中の対策、分娩時の母体対策、出生直後の児への対策、分娩後の母親への対策をそれぞれ詳細に記載した。

【 考察 】

  回答率は、産婦人科では全国で約8割にのぼり、得られた結果は十分に日本国内のHIV−1感染妊婦の現状を反映していると考えられる。今回の調査では、新たに全国でのべ62例のHIV−1感染妊婦の把握が出来た。近年のHIV−1感染妊婦数の増加の要因としては、生殖年齢の増加、妊婦のHIV−1スクリーニングによる補足率の上昇等があげられる。今回の調査では、妊婦に対するHIV−1抗体検査の実施率を併せて調査し、その結果、日本国内では約4人に3人が検査を受けていることになるが、これは地域格差が非常に大きかった。抗体検査率の数値と都道府県別の「HIV感染者・AIDS患者合計」とは、やや相関しており、HIV−1感染者の少ない地域での抗体検査率の低さが目立った結果となった。これは、さらにこれらの地域での医師のHIV−1感染に対する意識調査などが必要である。また、HIV−1感染妊婦の増加と比較して母子感染による小児の陽性例が低く押えられている要因は、感染防止のために妊婦及びその児に対して適切な処置を行っているためであると考えられる。今後は、妊婦への抗HIV剤投与が普及し妊娠初期からの多剤併用療法が行われる症例も増加するものと考えられるため、胎児に対する短期的、長期的影響については注意深く検討していく必要がある。

【 結論 】

 妊婦の早期でのHIV−1感染の診断が小児への母子感染を有意に抑制させることが可能であることから、更なる抗体検査率の上昇をはかる手段が必要とされると同時に、近年でも一切の母子感染対策が行われず出生した症例があることからも、本グループの作成したマニュアルを全国の産婦人科小児科を併設する医療施設に配布し、HIV−1感染妊婦及びその児に対する適切な処置方法を普及させ、今後さらに増加すると予想されるHIV−1感染妊婦への対応を日本国内のすべての病院で行えるようにする必要がある。