"STDとしてのHIV感染"流行のback groundとなると考えられる
STD流行の本邦における現状と問題点

‐HIV抗体陽性例のSTD症例や一般妊婦からの検出‐



STD症例検討グループ長
熊本 悦明(札幌医科大学泌尿器科学教室)



【研究成績要約】

  1. HIV感染とSTDとの関連性の検討:

     それぞれの地域でのHIV感染流行度の高低と無関係に、TP抗体、C.trachomatis抗体、HBc抗体などの陽性例でのHIV抗体陽性率が陰性例に比して有意に高いこと、また逆にHIV抗体陽性例にそれらSTD関連抗体陽性率が有意に高いことが認められた。

  2. STD症例中におけるHIV抗体陽性率の検討:

     1995年以来、全国的な研究組織ネットワークで、各種STD症例や健常男女の結成を集積し、unlinked &anonymousに、HIVを含む各種STD抗体につき疫学的調査を行った。1996年まではHIV抗体陽性例は出現しなかったが、1997年以来screeningしている男性STD症例中に陽性例が出現し始めて来た。またHIV抗体陽性例の各種STD抗体の陽性率がかなり高いことが注目され、HIVと他のSTD病原体が同じ性生活の場で連携しながら拡散していると考えられた。しかし女子症例、ことに1835例も集めたCSWでは、他のSTD抗体陽性率が高いにも拘わらず、HIV抗体陽性例がなかった。このことは今後の検討分析が必要なテーマと考えられる。

  3. STD関連抗体陽性率からみたAIDSとSTD症例との血清疫学的関連性の検討:

      HIV感染例も各種STD症例も、STD関係の各種STD病原微生物に汚染されている同一の性生活環境の中で行動しており、かなり複数のSTD病原微生物に感染していることが示唆された。ただHIVの拡がりが、いまだ他のSTD病原微生物程に大きくなっていないだけのことと考えられる所見と思われた。STD症例群では梅毒症例群が最もAIDS症例群に近い各種STD関連抗体陽性パターンを示し、陽性率分布が非常に類似していることは興味深い結果であった。

  4. HPV感染/腫瘍性STDの流行の現状

     
    既述のSTD群とは異なり、現時点では血清疫学的検討が我々の研究レベルでは不可能なHPV感染については、病原体検出(ハイブリット・キャプチャー法)でスクリーニングして検討したが、妊婦ではC.trachomatisを大きく上まわる感染の拡がりをみせていることは特記すべきことと考えられた。なおそれら陽性症例をfollow upすると、分娩後平均約4ヶ月の調査では分娩前陽性の約6割も症例が感染を持続していることが明らかになっている。その様な感染例の100分の1程度が子宮頚癌に進展する可能性があるとされており、HPV陽性例の長期的な経過観察が求められるところである。


  5. 本邦におけるSTD流行の実態:

     
    すでに報告してある様に、現在の定点報告集計による厚生省・国立感染症情報センターのSTD動向調査は、定点を600から900に増やしたにも拘わらず、いまだに女性症例の報告数が少なくないため、問題の多いSTD疫学情報と言ってよい。我々が本研究班とは別に厚生省の班研究として施行している全国9モデル県におけるSTDセンチネル・サーベイランスの資料を基に、国立感染症情報センターのSTD動向調査成績を修正してみると、性器クラミジア感染症がかなり女性優位に流行し、且つ増数傾向にあることが示されている。しかし女性の場合、この様に医師で診断を受ける症例は全体の2割にしか当たらないと国際的にも考えられており、その無症候性症例も推計加算すると、性器クラミジア感染症の全国的罹患患者数は概算86万人にも昇ることになる。男子側も同様に無症候性感染が有症例と同数いるとされていることから推計すると約14万人で、男女合計100万人という膨大な性器クラミジア罹患例が年間国内に発生することになる訳で、如何にSTDが若い国民の性生活環境を汚染しているかが分かる。このことは、性感染症、少なくともクラミジア感染症は、もはや歓楽街の感染症から一般人口内の性生活の中に深く浸透しつつあることが示唆されていると言えよう。
     また、淋菌感染症は男子側でここ数年急激な増数をみているが、先進国で淋菌感染症のような管理し易いSTDを増数させている国は他にない。如何に本邦のSTD、ひいては性感染症としてのHIV感染への予防対策が貧困であるかが示されていると言ってよい。
     何故その様な状況が生じているかが大問題であるが、その原因の一つには、本邦の淋菌の薬剤耐性化の増強も難治性感染例を生み、それが流行を増進させている可能性も指摘されている。実際、現在最も治療に賞用されているNew Quinoloneに対する耐性化を検討してみると、Ofloxacinに対してはMIC 0.25μg/ml以上の耐性菌が44%も検出されるところまで薬剤耐性化が進んでいることがわかる。今後この様な薬剤耐性淋菌を考慮して、治療指針の作成も臨床上必須のことと考えられる

  6. 本邦におけるHIV感染対策の問題点

     以上述べて来たように、HIV感染伝播のbaseとなる各種STDが、現在かなり顕著な勢いで一般人口の間に浸透しつつあることが我々のdataから明らかになって来ている。この状況への正しい対応としては、HIV感染がSTDそのものであることを国民に正しく認知させる様な啓蒙活動が強く求められている。今や、自らの性の健康を守るための予防対策、コンドーム使用の普及を徹底しなければ"百年の悔い"を将来に残すことになると思われる。