平成11年度MSMに関する研究1(MSM1)グループ報告(要約)
-関東および関西地域における男性同性間のHIV感染に関する疫学研究‐



分担研究者: 川誠一(神奈川県立衛生短期大学衛生技術科)
班   員:

生島 嗣(ぷれいす東京)
今井光信(神奈川県衛生研究所ウイルス部)
大屋日登美(神奈川県立衛生短期大学)
鬼塚哲郎(HIVと人権情報センター・大阪)
鬼塚直樹
(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)
風間 孝(動くゲイとレズビアンの会)
河口和也(動くゲイとレズビアンの会)
岡 慎一(国立国際医療研究センター)
木原雅子(CAPS International Program UCSF)
木原正博(神奈川県立がんセンター臨床研究所
)
木村博和(横浜市立大学医学部公衆衛生学教室
)
砂原秀樹
(ぷれいす東京)
高山佳洋(大阪府保健衛生部保健予防課)
簗瀬有美子(東京都衛生局医療福祉部)
日高庸晴(筑波大学大学院)
守尾輝彦(新宿区新宿保健所)
山口 剛(東京都南新宿検査相談室)

(五十音順)



 

A.研究目的

 HIV感染者の発生が抑えられつつある欧米諸国に比べて、わが国の男性同性間のHIV感染は増加傾向が続いている。特に、東京を中心に神奈川、埼玉の首都圏地域での増加が著しく、1997年以降は近畿、(大阪)でも増加しており、男性同性間のHIV感染防止に向けた調査・研究及び予防啓発活動は急務の状況にある。本研究グループでは、わが国のMSM(Men who have sex with men)におけるHIV感染の予防を促進することを目的に、疫学研究者、行政のAIDS予防担当者、NGO/CBOグループのメンバー、あるいはゲイ・ビジネスに関わる研究協力者らと分担、協力して、研究を進めることにした。

 

B.研究方法

 研究は、T.HIV感染の動向に関する研究、U.感染予防啓発のモデル構築および介入とその効果評価に関する研究、V.MSMにおける行動疫学研究、に分類して行った。
 研究TおよびVは、MSMにおけるHIV感染の動向および、HIV関連知識/性行動/HIV検査行動などを把握するもので、予防啓発と連動したものとして捉え、その成果は啓発効果の評価や当事者に還元する情報に用いることを想定している。初年度はこれらの研究を開始するためにNGO/CBOや行政との協議を重ね、東京を中心に6つの研究プロジェクトを企画し、平成11年度には大阪でも性行動調査を実施した。
 研究Uは、HIV感染予防を効果的に進める予防介入プロジェクトにより予防啓発を推進するもので、研究者、NGO/CBOおよび行政がそれぞれの専門性と役割を機能的に連携する協働プロジェクトの構築を目指した(図1)。これは、わが国では初めての試みであり、平成9年dのからNGOや行政に協力を求め、一方で東京、大阪のゲイ・コミュニティとの接点を持った。

 

C.研究成果

I.HIV感染の動向に関する研究

1.厚生省AIDS発生動向調査における男性同性間感染の分析

 日本国籍の男性同性間感染の報告累計(1999年末)は、HIV感染者が798人(日本国籍男性HIV感染者の47.2%)、AIDS患者が322人(同国籍男性AIDS患者の30.5%)。HIV感染者の年次推移は、著しい増加傾向を示し、東京が累計の過半数を占め、神奈川、埼玉、千葉の近県、近年では大阪でも報告数が増加の兆しを示し、これらの地域での予防啓発が急務である。また、HIV感染者の出生年別年次発生動向は、現在20歳代と30歳代の年齢層で増加しており、特に20歳台は急増の傾向であった。10歳代後半から20歳代に焦点をおいた積極的な予防啓発とともに、次世代層への啓発も必要である。

 

2.定点医療・検査機関におけるサーベイランス

 1999年のM検査機関の男性受検者数は5593人で、内HIV感染者数は0.79%(44人)とほぼ前年と同率で、この内男性同性間感染は72.7%であった。
HIV検査結果陰性者に対する質問票調査について、前年度報告以降(回収率91.6%)のMSM(1113名、重複あり)を分析したところ、MSM受検者は、東京居住者が69.6%を占め、2回以上受検者は57.2%を占めていた。M検査機関のHIV検査実施を知った情報源は雑誌(ゲイ雑誌)、友人クチコミが多かった。  
  HIV検査結果陰性者に対する質問票調査の回収率からMSMに相当する受検者総数および受検者中のHIV陽性割合を推定したところ、1999年時点でのMSM受検者中のHIV陽性割合は3.1%であった(図2)。

 

U.感染予防啓発のモデル構築および介入とその効果評価に関する研究

1.東京地域のハッテン場等におけるHIV・STD感染予防啓発研究

 コンドーム使用率を有意に向上させたMSM利用施設でのコンドーム啓発介入研究の成果(平成8年度研究)に基づいて、都内のMSM利用施設に対して疫学研究者、ぷれいす東京・Gay Friends for AIDS、及び新宿保健所環境衛生か職員で、1)HIV感染の実態について、2)啓発キャンペーンについて、3)啓発資材について、の内容の講習会を実施した。
 平成10年度は大阪地区のハッテン場等施設リストを作成し、同様の講習会を大阪に拡大した。

 

2.東京地域のMSM利用施設におけるHIV・STD感染の予防啓発介入研究

  HIV感染予防啓発としてバー等からコンドーム配布を行う独自の活動(Project Com.)が東京のゲイ・コミュニティで平成10年から始まった。本研究グループはこのProject Com.メンバーとの接点を重ね、感染予防啓発も出るの構築と介入実施に向けた共同体制づくりに努めた。東京では、未だMASH・大阪のようなプロジェクト体制は整っていないが、平成11年度に研究者と一部のゲイコミュニティの協力者やNGOとの間で相互の役割を連携する方向性を協議した。
 また、アウトリーチ活動を続けているAIDSケアプロジェクトとの共同で、イベントパーティ参加者(202人、内MSM145人)にHIV関連の知識/性行動/HIV検査行動調査を実施した。

 

3.大阪地域のMSM利用施設におけるHIV・STD感染の予防啓発介入研究

 感染予防啓発モデルの構築と予防介入の拡大を目的に、研究班、大阪のNGO、行政のメンバーによる協働プロジェクトMASH・大阪が結成された。  HIV/STD県連知識・性行動・受検行動を問うベースライン調査を実施し、498名のMSMより回答を得た。その結果を基にニーズアセスメントを行い、予防啓発の目標を設定し、予防啓発モデルを構築した。啓発の場所は、1)バー/クラブ、2)ハッテン場、3)インターネット。啓発の内容は、1)早期発見・早期治療のメリット、2)STD発症とHIV感染の関連、3)HIV/STD検査に関する情報、4)セイファーセックスに関する情報/コンドームのイメージアップ。啓発の方法は、HIV/STDに関する情報を避ける層をターゲットにした方法を工夫する。  目標を達成するための予防介入プログラムは、1)バー、ハッテン場の経営者及び従業員を対象とした講習会、2)STD勉強会、3)コンドーム大作戦、4)ポスター配布、5)セイファーセックス・ビデオクリップ作成、6)ホームページ開設で、現在、具体的な介入プログラムの構築/実施中である。次年度からはHIV感染の早期発見と感染者の医療・福祉への連携、そしてHIV感染予防啓発を促進するために、種々の啓発イベントと共に臨時のHIV/STD検査・カウンセリングを実施することになった。  

 

V.MSMにおける行動疫学研究

 男性同性愛者のHIV/STDについての知識、HIV感染予防に関する性行動、および男性同性愛者をとりまく社会・文化的な背景等、男性同性愛者の健康に関する情報やHIV感染に関する情報を様々な角度(調査対象と方法)から収集し、セイファーセックスの実態や阻害要因等を多面的に分析・観察した。この3年間に以下の行動疫学研究を行った。
 1.男性と性行為を行う男性の於けるセイファーセックスの実行/非実行に影響を及ぼす要因に関する調査(砂川ら)、2.男性同性愛者におけるHIV/AIDSについての知識・性行動と社会・文化的要因に関する研究(風間ら)、3.日本人ゲイ男性の生育歴とセルフ・エスティームおよび性行動に関する研究(日高ら)、4.アメリカ主要都市に在住する日本人男性同性愛者の性行動調査(鬼塚直樹ら)。調査対象の把握、調査手法が各研究で異なり、共通の質問項目も表現、回答技が統一されていないといった課題が残されているが、これまでに実施された研究から、MSMにおける知識/情報源/性行動/検査行動に関する状況が観察できた。また、STDに関するリスクアセスメントを行うSTD情報ライン(風間らSTD専用の電話相談での調査)を新規調査に加えた。  HIV/AIDSに関する知識は他の一般集団と同程度であるが、「STD発症はHIVに感染しやすい」の知識は殆ど知られていない。エイズに関する情報源はゲイ雑誌、友人の口コミであることが一様に示された。また、アナルセックスでコンドームを必ず使用する割合が特定相手では26-47%、不特定相手では43-66%で、特定のパートナーにおいて実行性が緩みがちになること、不特定の相手とのアナルセックスでコンドームをまったく使用しない者が9-14%存在することがわかった。フェラチオにおけるコンドーム未使用状況はどの研究でも80-9-%を示していた。フェラチオの行為内容とHIV/STD感染の可能性を明確にし、フェラチオによる感染リスクについて啓発することも今後の検討課題と思われる。過去1年間にHIV抗体検査を受検したものは18-32%であり、東京では南新宿検査相談室の利用が多く、他地域では夜間・休日検査より保健所、病院・医院の利用が多かった。
  また、一部の研究から、アナルセックス時におけるコンドーム使用と精神的健康、セルフ・エスティーム、孤独感等は有意に関連のあることが示され、ゲイ・バイセクシュアル男性の精神的健康、セルフ・エスティームの控除、孤独感の軽減を図ることの必要性が示唆された。以上の成績は、今後の予防啓発の効果を観察する上でベースラインとなる。

 

D.考察と展望

1.NGO/CBOとの共同研究体制の確立

 関東地域のMSMにおけるHIV感染の防止を目的とした平成8年度調査で、1)少人数(1-2人)が利用する部屋の廃棄ティッシュ抽出液では19.4%がHIV抗体陽性、2)コンドーム使用では施設での啓発介入によって12.3%から30.8%にふえた、3)NGO/CBOメンバーの参加は具体的かつ効果的な啓発介入を構築した、ことを報告した。しかし、この研究に対して、調査方法等に対する不快感、マスコミの取り上げ方によってはゲイバッシングが再燃するなど、研究者に対する不信感に由来する反論がゲイNGOの数グループからあった。研究者や行政が単独でMSM集団を対象とする予防啓発や介入調査を効果的に実施することは困難であり、NGO/CBOとの共同で取り組むことが結うような啓発内容の策定と啓発介入を可能にするものと考える。平成9年度、MSM1グループでは研究者とゲイNGOとの共同体制づくりがすすめられるようになった。

2.予防介入とその効果評価に向けた研究体制の確立

 平成10年度は予防介入を推進するためにMASHを構成し、当事者との信頼関係を重視した体制づくりにつとめた。MASH大阪では平成11年度に独自に500人近いMASH対象のHIV関連知識/制鼓動調査を実施し、その結果から啓発目標を設定して、種々のHIV/STD感染予防啓発活動を展開することとなった。次年度からはHIV感染の拡大防止を目標にプロジェクトをさらに推進し、その効果をHIV関連知識、性行動、検査行動の調査によって評価する。

3.MASHにおけるHIV感染状況の把握

 厚生省エイズ動向調査の分析によって、MSMにおけるHIV感染を防止するためのポイントが明確になった。地域として、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪など、年齢層として20歳代、30歳代、そして20歳代未満の年齢層が上げられる。また、東京においては、M検査相談機関がMSMにおけるHIV検査のニーズに対して機能していることが、検査結果陰性者に実施した質問票調査で明らかになった。検査者のリピーターが近年増えてきていることから、陰性者への感染予防に関するリスクマネジメントが必要と思われる。また、この質問票調査からMSMにおける受検者数および受検者中のHIV抗体陽性割合が推定され、その年次推移は年々増加し、厚生省エイズ動向調査の動向を裏付けていた。MSMに限らず、集団におけるHIV感染流行を把握するための血清疫学調査は実施が容易でない。当研究グループでは東京における今後のHIV感染拡大防止の効果を評価する指標として、この推定HIV抗体陽性割合を観察していく。

4.MSMにおける啓発の恒常性

 男性同性間のHIV感染拡大防止では20歳台に向けた対策を積極的に推進することが重要である。HIV感染症の流行予防に向けた啓発介入は短期的な計画では有効でないことは欧米の先行研究が示している。ゲイコミュニティとの信頼関係を重視し、相互の努力でMSMへの予防啓発を恒常的に展開することができれば、おそらく欧米諸国に見られたようなHIV感染拡大防止が日本のMSMにおいても実現できるものと考える。このためには、MSMにおける啓発を進めているNGO/CBOの活動を予算的に支援していくことが重要で、この点で行政からの恒常的な支援が必要と考える。しかし、HIV感染予防対策を進めなければならない地方自治体においては、予算が困窮している現状から、自治体独自のエイズ対策事業を予算化することが難しく、対策の遅れが懸念される。厚生省はエイズ予防指針の中で、個別総絵の重点的な予防対策の必要性を示した。男性の同性間感染予防は現在のHIV感染流行の動向から見ても重点的にとらえるべきであり、積極的な予算支援を構築する必要がある。

5.MSMを対象にした検査・相談

 HIV感染の予防と感染者の早期発見・治療のためには付けやすい時間帯でのHIV検査体制の充実が望まれる。大阪では、夜間・休日の検査機関が1箇所設置されているが、場所や時間に関する情報が必ずしも十分に伝達されていないことがわかった。平成11年度、研究班レベルでのMSMを対象にした臨時のHIV検査の可能性を検討した。プレ、ポストカンセリング、医療機関への連携、検査後のアフターケアー(ゲイNGOやカウンセラーによる心理的サポート)など多面的な体制を用意して望むことが必要と考える。MASH・大阪ではSTDを含むHIV臨時検査を次年度に実施することを計画し、関係機関との連携を構築するための検討を始めた。

6.研究成果の還元

 MSM1グループでは、研究3年度目にあたり、研究成果を還元する目的で、在京の一部のNGO/CBOとシンポジウム「ゲイコミュニティとエイズ‐HIV感染予防への取り組み」を新宿四谷区民センターに於いて開催した。