HIV感染者数とAIDS患者数の将来推計に関する研究
-将来予測グループの平成11年度研究総括-



グループ長: 橋本修二(東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻)
班   員: 福富 和夫(国立公衆衛生院特別研究員)
研究協力者:

中村好一(自治医科大学保健科学講座疫学・地域保健学部門)
松山 裕(東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻)
城所敏英(中野区保健衛生部保健計画課)
鎌倉光宏(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学)
梅田珠実(国立感染症研究所国際協力室)
木村博和(横浜市立大学医学部公衆衛生学)
木村 哲(東京大学大学院医学系研究科感染症内科)
市川誠一(神奈川県立衛生短期大学衛生技術科公衆衛生学研究室)
岡 慎一(国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センター)



A.研究目的

 将来予測グループの3年間の研究目的は、わが国のHIV感染者数とAIDS患者数の将来予測およびそのための基礎的検討を行うことである。平成9年度のHIV/AIDS将来予測の基礎的検討、10年度の近未来予測に続いて、本年度は中長期展望を検討した。具体的な課題としては、(1)中長期展望の基本的な考え方、(2)中長期展望モデルの構築、(3)パラメータとその利用性、(4)中長期展望の試算の4つを取り上げた。

B.研究方法

 基礎資料は、エイズ発生動向調査、近未来予測結果(昨年度実施)と疫学関連の文献情報である。(1)中長期展望の基本的な考え方を、近未来予測との違いを考慮して明確とした。(2)モデルの構築として、感染経路に共通する全体構造を定めるとともに、感染経路に固有のHIV感染のモデル化を行った。感染経路は、異性間性的接触の男と女、同性間性的接触の男、母子感染、薬物濫用とその他の経路に分類した。(3)パラメータとその利用性として、異性間・同性間性的接触のモデルを中心に整理・検討した。
 (4)中長期展望の試算としては、日本国籍の同姓間性的接触(男)を対象に(2)のモデルに基づいて、基本ケースと対策効果ケースごとに、2010年までのHIV時点有病数、HIV年間罹患数とAIDS累積数を算定するとともに、主なパラメータの変更による感度分析を実施した。基本ケースとしては、性行為頻度などのパラメータが今後も不変と想定し、それらのパラメータ値を1993~1998年のHIV時点有病数(近未来予測の推計値)の推移に一致するように調整した。対策効果ケースとしては、基本ケースから5つのパラメータ(性行為の頻度、コンドーム使用割合、活発・不活発の移行率、HIV発見率、発見HIVの性行為の頻度)が変化するシナリオを想定した。

C.研究結果

  1. 中長期展望の基本的な考え方として、データの不確実性と予測へのモデルの依存性が大きいことから、モデルの構造化とパラメータのシナリオ化が求められ、また、予測の主なねらいを絶対値でなく相対的比較(対策効果の評価)にすること、予測の確度に感度分析が重要であることと整理した。
  2. 中長期展望モデルの構築として、非HIV、未発見HIV、発見HIV、AIDS、死亡という状態からなるシステムモデルを示すとともに、感染経路ごとにHIV感染部分(非HIV→未発見HIV)をモデル化した。異性間・同性間性的接触のHIV感染モデルは、不特定多数との性行為が活発・不活発別に、非HIVとHIVの間の危険な性行為(コンドームなし)により感染確立に従って新たな感染が生じ、また、次の感染源には新たな感染者が追加され、発見により減少すると規定した。
  3. パラメータとその利用性として、異性間・同性間性的接触モデルでは、性行為の頻度、コンドーム使用割合、活発・不活発の移行率は断面調査から得られ、HIV発見率はエイズ発生動向調査、感染確率は文献、発見率の治療による低下率とAIDS患者の致命率は感染者と患者の追跡調査から得られることなどを提示した。
  4. 中長期展望の試算として、日本国国籍の同性間性的接触(男)のHIV時点有病数は、基本ケースでは年次とともに急激に上昇し、2010年では42.2千人と試算されたが(図1)、この試算値はパラメータの変更によって大きく変化した。対策効果の影響としては、2010年のHIV時点有病数は5つの個々の対策効果では基本ケースの80〜98%、その組み合わせにより60%に低下し(図2)これはパラメータの変更によりほとんど変化しなかった。

D.考察

 中長期展望の基本的考え方、モデルの構築、パラメータとその利用性は、今後の中長期展望の基礎を与えるとともにHIV/AIDSに関する調査計画立案の参考になるものと考える。
 中長期展望では、基本的考え方で示したように、絶対値を目標とすることは困難であり、実際、基本ケースの試算値は感度分析によってきわめて不安定であると示された。本試算値の解釈などでは、この不安定さを十分に考慮することが必要である。一方、対策効果の影響については、個々の対策効果とその組み合わせによる基本ケース試算値からの低下率が感度分析でかなり安定していると示唆された。モデルやパラメータの不確実性から厳密なものとはいえないが、この対策効果影響の試算値は、今後の対策立案・推進上、重要な参考資料になるものと考える。
 以上、中長期展望の基礎はある程度確立したと考えられ、今後、さらに方法やパラメータの面で改良を加えつつ、異性間性的接触を含む全体の中長期展望を実施することが課題である。平成9・10年度の研究成果も考慮すると、HIV/AIDS将来予測の全般的課題としては、HIV/AIDS報告数の動向などをより詳細に観察・検討すること、新しい知見を随時導入すること、時間的により長く、地域的により細かい予測値をその確度とともに提示することなどが挙げられる。